ひざくりげ その52 僕の知らないマルク諸島


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22228356_867901306700556_7717930505088357316_n『南海嬉嬉回島伝(なんかいききかいとうでん)』──昌福寺の花祭をめざして──
第十一話 僕の島と祖父の島~マルク諸島周遊記

 バリ島で古典影絵【ワヤン・クリット】のお試し上演という大きな山を越えたので、インドネシア滞在中どうしても行っておきたかった場所に旅に出ることにした。マルク諸島である。

 

日本人には馴染みのないこの地域への旅を計画した目的は2つあった。
1つ目の目的は、スラウェシ島最北の港町マナドに行って、架空の島【ワラケ島】を探すこと。ワラケ島は僕が作った架空の島なのでどこにあってもいいのだが、折角だからインドネシア領内にあるといいなと思い、インドネシア北部のスラウェシ島周辺にあることにしている。「よく晴れた日はマナドからもワラケ島がうっすら見える」的な設定も考えていたので、いつか本当にマナドからワラケ島を見れたらワラけるなぁ、と夢想していた。
2つ目の目的が、スラウェシ島の東にあるハルマヘラ島に行くこと。ここは戦時中に母方の祖父が従軍していた島である。僕がインドネシアと関わりを持ってしばらく経った頃、叔父から「kepala bagusってインドネシア語らしいけど、意味しってるか?」と聞かれて驚いたことがあった。kepala bagusは、インドネシア語で「頭が良い」という意味。叔父は、亡くなった祖父からその言葉を聞いたそうだ。第二次世界大戦時、祖父はハルマヘラ島へ行き、島の族長と仲良くなっていくつか言葉を覚えたらしい。その話を聞いて以来、何か運命めいたものを感じて、いつか行ってみたいと思っていた場所であった。
この二つの島(一つは架空ですが…)は、比較的近くにあるので合わせて行けるだろうと以前から考えていた。さらに最近は格安飛行機でインドネシア内どこでも行けるようになったので、マルク諸島にある他の島、テルナテ島とアンボン島も行ってみることにした。

22282050_867901360033884_7582222225260534582_n 22279819_867901440033876_104080116097591639_nバリ島から飛行機で北東に3時間。スラウェシ島最北の街・マナド。ここからワラケ島を眺める、という第一ミッションはすぐ終わってしまいそうなので、ついでにシュノーケリングもやることにした。マナドといえば世界屈指のドロップオフ(海の中の崖)で有名なダビングスポットである。

朝、港で小型ボートをチャーターする。マナド沖からワラケ島を探しつつ、ダイビングスポットであるブナケン島へ出発する。港を出ると、前方にきれいな山の稜線を持つマナドトゥア島とブナケン島が並んで見えてくる。その先にも小さな島々がポツポツと連なって見える。船員のおっさん達は慣れた手つきで舟を操縦している。時たま飛び魚が舟の前を横切っていく。ブナケン島のそばまで来るとサンゴ礁の浅瀬が続く。海の透明度がものすごく高い。カラフルなサンゴが船の上からも良く見える。かと思えばサンゴ礁の途切れた先はゾッとするほど青黒い。そこから先は底なしのドロップオフがあるらしい。

22279529_867901503367203_4583100540372492322_n ブナケン島に到着して、いくつかのスポットをシュノーケリングで泳いでみた。こんな配色ありなのか?と思うようなカラフルな魚、巨大なサンゴ、亀たち、吸い込まれそうな海の崖。崖の先には無のように広がる深い青、怖いような、美しいような。これに似た感覚を最近味わった。しばらく考えて思い出したのは、カリマンタンで行ったジャングルだった。うっかりすると死んでしまいそうな圧倒的な自然。
この海では昔からナマコ漁が盛んで、乾燥ナマコは今でも中国や日本に高価な値段で売られている。近年では生きた化石シーラカンスも捕獲されたようで、なかなか興味深い場所である。
自分で設定しときながら「ワラケ島ってこんなところにあったんだなぁ」と感心した。ものすごく美しい海と海洋資源に囲まれていて、ワラケ島民はさぞかし幸せだろう。残念ながらその日ワラケ島を発見することはできなかったが「よく晴れた日はマナドからもワラケ島がうっすら見える」らしいので、また来ることにした。

22222012_867901546700532_707859315607714178_n 翌朝、プロペラ機に乗ってハルマヘラ島へ行く。インディージョーンズの飛行機みたいのを想像していたら、意外にちゃんとしていて機内は満席だった。上空からは鬱蒼としたジャングルしか見えない。旧日本軍が作った飛行場に降りると、掘っ建て小屋のような空港がある。ついに祖父のいた島にきた。
ハルマヘラ島は四国と同じくらいの大きさで、観光地・マナドに比べてたいへんのどかなところである。ハルマヘラ島の北西半島の東岸にあるカオ空港で車をチャーターして、島の西岸にある港町・ソフィフィに向かう。たまにすれ違う対向車にクラクションを鳴らして挨拶するのが、ハルマヘラ流。海岸線をはしる驚くほどきれいな舗装道路、整理された椰子畑。お昼ご飯にワタリガニの定食を食べたり、旧日本軍が置き忘れていった座礁船を見たりしてのんびり走る。
22279514_867901650033855_9054056755185132770_n     22279615_867901733367180_7814380567006601302_n いつの間にか島を横断する山道に入っていた。ぼんやりと外を眺めていると、同じ種類の樹が沿道に大量に植えられているのに気づく。運転手さんに「この木はなんですか?」と聞くと、答えは「Cengkeh(クローブ)」だった。実はこのハルマヘラ島と翌日向かうテルナテ島は、ヨーロッパが香辛料貿易のためにやってきた最初の場所【マラッカ】だったのである。まさかこんな辺境の島が、その昔ヨーロッパを沸騰させていたとは信じられなかった。そしてなにより、教科書でただぼんやりと覚えるだけでリアリティのなかった歴史と、昔話のように聞いていた祖父の戦争体験とが交錯した現場に自分がいる、というのは想像以上に強烈な体験だった。
ちなみにクローブは、今でこそカレーなどを作るときにしか使われないが、当時は肉を腐らせないための防腐剤として重宝されていて、クローブと金は等価だったそうだ。

22309023_867901843367169_43225065042077054_n クローブの森を抜けて、小さな港町ソフィフィで一泊し、翌朝フェリーでテルナテ島に向かう。晴れた朝、港から海を見渡すと、双子のようなテルナテ島とティドレ島がよく見える。アウトリガーの小舟やスピードボートが、島々の間をひっきりなしに行き交っていて、まるで瀬戸内や日本の離島のような景色である。
外周48kmしかないテルナテ島には、ガラマラ山という1715mの火山があり、海岸線を除いて島の道はほぼ坂道である。なんとこの島は13世紀に興った巨大海洋国家・テルナテ王国の首都であり、香辛料貿易の中心地であった。最盛期はスラウェシ東北部、マルク諸島、小スンダ列島、パプア西部までを治めていた。今もマルク諸島をつなぐハブ空港として利用されていて、島にある巨大モスクには他島からの巡礼者も多く、島は大変な賑わいである。僕がこの旅で知りあった人々の多くは、今でもテルナテのスルタン(王様)に対して帰属意識を持っていた。
22228283_867901886700498_4565404959165863636_n どうしてこんな小さな島にそのような大きな王国があったのか、全くもって不思議である。そんな疑問を地元の運転手さんにぶつけてみると、テルナテ王国繁栄の伝説を教えてくれた。これがびっくり、日本でもおなじみの羽衣伝説だった。後半の内容は違うものの、冒頭「島に住んでいた一人の男が天女の羽衣を隠して、天界に帰れなくなった天女を妻にもらって…」というのは一緒だった。テルナテ版羽衣伝説の後半に登場する二頭のガルーダ(神鳥)は、テルナテ王朝のシンボルになってたり、同じく伝説に登場する4人の王【raja ampat】は、そのまま西パプア州の地名にもなっていたりして、伝説の名残を残している。

港から車で30分ほど山の方に上がっていくと、樹齢400年を超えるといわれているクローブの古木に出会える。その周辺の山間には、クローブとナツメグが植樹されていて、収穫期になると山は賑やかになるという。島の西側にある王宮の一部は観光客に解放されている。王宮内ではテルナテ王朝と関係のあった中国、ポルトガル、スペイン、オランダの品々などが見られる。朝市に行くと、カツオやサバ、イカの一夜干しなど日本の市場で売っているようなものがたくさん並んでいる。マルク諸島でよく食べられるサンバル・ロアという調味料は、唐辛子とニンニクとカツオやじゃこを乾燥させてほぐして混ぜたもので、まるでラー油と鰹節の味で感動した。

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マルク諸島の中心地アンボンは、つい数年前までイスラム教徒とキリスト教との宗教紛争が激しく、外国人が行くのは危険だと言われていたが、最近治安が安定しているとの情報を得たので行ってみた。実際のところ、紛争は収まっているがピリピリした空気を感じざるを得なかった。
この島は海が綺麗なのはもちろんのこと、いい音楽と美味しい食べ物でも有名である。あいにく雨だったので海は楽しめなかったが、乗合バス【アンコット】では、爆音アンボンテクノを堪能し、サゴ椰子から作られた信玄餅のようなブルブルしたものを魚のスープカレーで食べたり、例のサンバル・ロアを魚の汁そばにかけて、限りなくラーメンに近いものを食べたりした。
山間では温泉が湧いていて、水着を着た地元民で賑わっていた。サゴ椰子の森の中で入る温泉はなかなかで、仲良くなったおっさんから「アンボンに来たらソフィってサゴ椰子の酒飲んできな!」と言われて、地元の密造酒を探しに行ったりした。

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これといった観光地でもないところで、こんなにもいろいろな体験ができるとは驚きだった。今回は、僕が空想した架空の島と、祖父がその昔従軍した島と、それらを丸呑みしていた大きな王国を知るきっかけとなる貴重な旅になった。

つづく。

 

 

 

 

 

 

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