ひざくりげ INDA INDO NESIA 10 デワ・ルチ


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同時連載

『南海嬉嬉回島伝(なんかいききかいとうでん)』

──昌福寺の花祭をめざして──

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第十話 デワ・ルチ

210日で巡るバリの暦の中に、鉄を祀る日【トゥンパック・ランダップ】というのがある。元々は剣(クリス)を祀る日だったが、転じて楽器や車、最近はパソコンなんかも祀られる。僕がバリ滞在を始めて数ヶ月たった2月の【トゥンパック・ランダップ】には、師匠の楽器の奉納儀礼に参加した(「バビグリン」の回参照)。そして、9月に再び巡ってきたこの祭日に、僕は滞在10ヶ月をかけて修行してきたワヤン・クリット(影絵人形芝居)のお試し上演をすることになった。

ワヤンを習っているスカワティ村では、この【トゥンパック・ランダップ】に合わせて、影絵人形遣い(ダラン)のお寺でお祭りを行われる。ワヤンの師匠・ナルタさんは、3日間あるお祭りの初日に、僕のお試し上演の時間を作ってくれた。

バリ島でワヤンを上演する場合、人形遣いは必ず通過儀礼を行わなくてはならない。ナルタさん曰く「人形使いが通過儀礼をしなかったり、上演に必要な呪文を知らなかったりすることは、目を瞑って道路の真ん中を歩くようなものだ」とのこと。これはバリ島で昔から信じられていることで、ワヤンを上演することは、目に見えない世界にアプローチすることであり、そういう意味で危険がいっぱいである。そういった危険から身を守るための通過儀礼である。

8月の満月の早朝、スカワティ村の高僧の家で通過儀礼を行う。バリ島の儀礼は謎の所作がたくさんである。交差させた手の甲に中国銭を乗せてそれを払いおとす、木で作ったブラシのようなもので爪を磨く、卵で手のひらに梵字を書く、赤と白の綿糸を耳にかけたり手首に巻いたりetc。通過儀礼に使われる聖水は、黄色い椰子のココナッツジュース。一連の儀礼を経て、晴れて僕は正式なバリ島の影絵人形使いになった。

1ダランの通過儀礼

インドネシア滞在を決めた当初、まさか1年足らずでワヤンを上演できるとは思ってもみなかった。いざ本番を迎えるその日の朝「そもそも、どうして自分はバリ島のワヤンなんかやってるんだ?」という、今更ながら初歩的な疑問が浮かんできた。バリ島において、ワヤンを上演するということは、バリ人の中でさえものすごくハードルの高いものである。まして、外国人がそれを上演するということは、奇跡に近い。しかし、その貴重さは日本の人にはピンとこないものであり、僕の思い入れや努力というものは、そのままストレートに本国には還元されないもの、残酷な言い方をすれば無意味なものなのである。そのようなものにどうして自分がここまで踏み込むことになったのか?それは何処かのタイミングで自分自身が選択した結果の集積であることは間違いのだけど、本番前の緊張も相まって、それは人知を超えたものの仕業のような、とても不思議な気持ちになった。

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僕のそのような気持ちを救ってくれたもの、それは今回上演することになった演目【デワ・ルチ】である。【デワ・ルチ】は、インド伝来の物語【マハーバラタ】を起源とする物語で、ジャワ島、バリ島で上演されるワヤンの有名な演目である。バリ島空港からクタに行く途中のロータリーの石像のモチーフにもなっている。僕は、今回の滞在までこの物語を知らなかった。初めてナルタさんのところに習いにいった時に、ナルタさんが用意してくれた物語がこの【デワ・ルチ】だった。この物語の持つ不思議な説得力に助けられ、上演の日を迎えられた。

ここで【デワ・ルチ】のあらすじを紹介する。前提条件として、マハーバラタの物語は、パンダワという正義の5王子と、コーラワという悪の100王子達による戦記物である、というのを念頭に置いていただきたい。
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【デワ・ルチ】

パンダワ兄弟の次男に怪力無双を誇るビマがいた。ビマの活躍に手を焼いていた敵軍・コーラワ兄弟の長男は、ビマを殺すために彼らの共通の師匠であるドゥルノに嘘をつかせ、あるはずもない聖水をビマに探しに行かせるのであった。

ビマははじめに洞窟へ向かった。そこには2匹の凶暴な龍が住んでいた。ビマはこの2匹の龍を退治するが、聖水は見つからなかった。次にビマはジャングルへ向かうが、ここでも怪物が現れてビマに襲いかかった。ビマはこれも退治するが、聖水はやはり見つからなかった。三度目にビマは海の真ん中へ行けと言われた。ビマの母や兄弟たちは、ドゥルノの度重なる嘘に気づいてビマを止めるが、ビマは「師の教えは死しても守る!」とだけ言ってまた聖水探しに海へ向かった。

大海原に飛び込んだビマは、波にさらわれその命を落としてしまう。するとそこへ小さな小さな神が天空からやってきた。【デワ・ルチ】と名乗るその神はビマを生き返らせて、こう言った。「私の体の中に入りなさい」ビマは半信半疑で【デワ・ルチ】の中に入ると、そこは七色に輝く世界が広がっていた。ビマはその時にこの世のあり様の一端を悟る。【デワ・ルチ】はビマが探している聖水が、天界にあることを教えた。ビマは天界に向かい、神々と戦って聖水を手にいれた。

人間界へ戻ったビマは、師・ドゥルノに聖水を渡すが、ドゥルノはビマが持ってきた聖水が本物であると信じなかった。すると【デワ・ルチ】が現れ「これは本当に聖水である。おまえはビマを騙した罪を償うがいい」といい、ドゥルノを海の真ん中まで飛ばし、溺れ死にさせようとした。それを見たビマは、海まで向かいドゥルノを海から助けた。ドゥルノはビマに助けてもらった恩義を感じ、のちに起こるであろうパンダワ一族とコーラワ一族の大戦争の時に「この借りは必ず返す」と約束したのであった。
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数多いマハーバラタ由来の物語の中でも、かなり幻想的なお話である。この【デワ・ルチ】を10ヶ月の間、ナルタさんから繰り返し教わることによって、物語の内側に流れる無数の教え、まさに【デワ・ルチ】がビマを呼び込んで見せた内的世界を、何重にも体験することになった。私たちは、現代社会の中で自分にとってネガティブなものことに、過剰にならざるを得ない。しかし、この物語の一つの解釈として、ビマが嘘をつかれたことによって真実に行き着いたことは、ネガティブなものを受け取ったとしても、それが結果としてポジティブなものになる可能性があるということ、そのような希望や強さを持つことの大切さ、を表しているようにも思えるのである。

2017年の9月2日は忘れられないに日なった。誤解を恐れずにいうと、スカワティ村という世界一の影絵人形師たちが住む村で、世界一の影絵人形師たちに見守られ、僕は未熟ながらも影絵人形師としての新しい人生を始めることになった。彼らからもらったたくさんの発見に、これからゆっくりと向き合っていこうと思う。

つづく。

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