ひざくりげ INDA INDO NESIA 4 カリマンタンのジャングルにて


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ひざくりげのパラレルストーリー

『南海嬉嬉回島伝(なんかいききかいとうでん)』
──昌福寺の花祭をめざして──
第四話     カリマンタン

カリマンタンに行く。
一言でカリマンタンに行く、といっても日本の約二倍もある島である。
そのほんの一部にお邪魔した。
今回の主なミッションは、NGO【FNPF(Friends of the National Parks Foundation http://www.fnpf.org)】に参加している日本の友人を頼って、中部カリマンタンのタンジュン・ プティン国定公園に行き、野生のオランウータンに会うこと。さらに、その近くの村で「サルのニシオカ」の影絵公演をやることである。今まであまり深く考えたこともなかったが、オランウータンの住む島で、「サルのニシオカ」を演じるのは感慨深いといえば感慨深く、もしかするとサルのニシオカの故郷はカリマンタンなのではないか?と思い始める。

インドネシア領・中部カリマンタンのタンジュン・プティン国定公園には、ジャカルタからローカル線の飛行機に乗って向かう。首都から1時間半でこんなに田舎?ってくらい小さな空港。僕の持っている携帯電話は圏外。電波のある暮らしに慣れまくっているので、少々不安になる。後で聞いたら、僕の使っている電話会社が都市部でしか通じないだけで、カリマンタンのジャングルの中でも通じる電話会社もある。

1日目は、市内にあるFNPFの事務所、と言っても森の中、に1泊して、2日目の早朝からいよいよジャングルへ。FNPFの日本人チームが企画した「遠足」に同行する。インドネシアには、日本の小、中学校でやるような遠足のカリキュラムがないそうなので、それを試しにやってみるという企画。今回は近所の中学生達とジャングルに入ることになる。17191674_752956888194999_2636849626478131042_o

河口にある港町・クマイから20人乗りの渡し船で対岸へ、そこからは未舗装道路が続く。ピックアップトラックの荷台に乗って、グワングワン揺らされながら、森の奥へと入って行く。次第にあたりは、見渡す限りパームヤシのプランテーションになる。碁盤の目状に区画整理されたエリアに、前後左右均一にパームヤシが植えられている。地平線の果てまで、見渡す限りパームヤシ。 区画のどの角を曲がっても全く同じ風景。パームヤシの迷宮。その道に立った時に、日本で聞いていた「プランテーション」という、なんとなくのんびりした雰囲気とは裏腹に、太古からある植物を使って、現代の欲望を満たそうとしているような禍々しさを感じた。パームヤシは4年目から収穫可能で、約25年でその一生を終える。あの巨大な木からは想像もできないくらい短命である。 FNPFに関わっている日本人の友人が、原料にパームヤシが入っている製品を全く使わずに生活してみようと試みたところ、完全な自給自足をしなければ不可能である、と言っていた。それくらい私たちの生活には、パームヤシを使った製品が流通している。

プランテーションを抜けると、原生林の入り口の少しひらけた場所に入る。FNPFでは、2015年 にあった原生林の山火事跡に植樹をするプロジェクトをやっていて、ここにはその前線基地が置かれている。中学生達は、植樹活動をしたあと帰宅し、僕は現地スタッフとともにそこで一泊することになった。水は雨水を溜めたものしかないので、あまり贅沢には使えない。茶色く濁った貯水を煮沸して、飲み水にも使う。自由に水が使える生活のありがたさを、たった1日で考える。 電気はガソリンで動く発電機を借りてくるか、日中太陽電池で貯めたランタンくらい。夜7時には真っ暗。小屋から原生林を眺めていると、騒がしい鳥と虫の音が聞こえてきて、吸い込まれそうになる。あぁ、このまま森に飲み込まれていったらとても幸せかもしれない、とふと思う。この島において人間は、圧倒的な森のほんの微細な一部でしかなく、その巨大な森の片隅にしがみついている小さな生き物であることを、知らしめられる。

街灯もない迷宮のようなプランテーションを平然と行き来する現地スタッフに頼んで、原住民ダヤックの人たちが作る米焼酎・アラック・ブラス(ARAK BERAS)を買ってきてもらう。日本の焼酎に比べてやや癖があるが、旨い。ダヤックの民は、祭りの時に樽一杯にアラックを作って、1ヶ 月土に埋めて熟成させた豚肉とともにいただくそうだ。17192597_752957554861599_2417428785598003596_o

3日目は、いよいよ原生林の奥へと入っていく。移動手段はボート。中部カリマンタンのジャングルには無数の川が流れていて、現地の人々にとって最も早い交通手段は舟である。

船着き場に行ってみると、びっくり。僕はてっきり、空港のポスターで見た観光用の船(デ○ズニー ランドのジャングルクルーズみたいなやつ)に乗るのかと思っていたら、用意されていたのは、現地の釣り人が乗る6人乗りの小舟。一応エンジン付き。前日、この川はオランウータンとワニで 有名、と聞かされていたので、一抹の不安を抱えながらジャングルに漕ぎ出す。

僕たちは、テレビや本やいろいろなメディアで、すでにジャングルを見たことがある。僕がこの日入り込んだ場所も、まさにその風景。ただ、圧倒的に違うのは、両岸に所狭しと生きた森が生い 茂り、そこから発散されるエネルギーのすごさ。後日バリに帰ってから、妻に「カリマンタン言っ て、ずいぶん元気になったんじゃない?」と言われて、森からのエネルギーをかなりもらっていたことに気づく。17190894_752956718195016_7429679823732508270_n

小舟で上流にいくと、白濁した川の色が、次第に黒く変わってくる。この色が、この川の元々の色だそうだ。ジャングルの落ち葉から滲み出たエキスで、黒く染まった水。昔は呑むことができたという。底が見えないので、深さを聞いてみると、なんと10m。船を止めると、鳥と虫の音以外何も聞こえない。しばらくして波紋がやむと黒い川は鏡のようになって、水面下にもジャングルが広がっているように見える。上を見ても下を見てもジャングル。「2つの自然」。現地の人々 が、5年に1度行う土着の儀式を説明するときに使った言葉。目に見える自然、目には見えない自然。その両方に感謝するため、彼らはその地域にある全ての川に、船の模型を浮かべて祀るそうだ。この鏡のような川を見ていたら、「2つの自然」という言葉の意味が少しわかるような気がした。

ジャングルの川を行き来して、野生のオランウータンや、天狗ザルの群れを見た後に、その川沿いにある村へ行く。今夜のその村で一泊し、影絵の公演をする。この村には電気が通っている。ただし、18~24時までしか使えない。村の若い子たちは、夜のうちに充電しておいたスマホで、動画などを見て遊んでいる。村には小さな川が流れていて、洗濯や水浴びはその川を使う。17098561_752957694861585_7170175001998605022_n

夕方から村の寄り合い所でセッティングの予定が、日が暮れかけた頃に、村の人に 「停電するかもしれないから、影絵できないかも・・・・。」 と言われる。急にそんなこと言われても、と思い、とりあえず会場を見に行く。寄り合い所の前 にある広場に、一応電気は来ているようだが、コンセントがない。

「あー、これはしまった、僕の機材全部電源必要だし、ここまでのところでやると思ってなかっ たなぁ・・・。」
貧弱都会人、秘境に右往左往。 「とりあえず、電気がつながらなかった場合、アイフォンのLEDライトとアウトドア用のヘッドライトで影絵ライトは代用して・・・キーボード(子供用のカシオトーン)は使うのはやめて、声だけでやって・・・、えーっとそうするとどれくらいのことができるかなぁ・・・・」 としばし考える。その間に村のおっちゃんが、どこからか電源ケーブルを持って来て、その場で配線工事。あたりも暗くなってきて、村人たちも集まってきちゃったので、広場にあるバレーボールのネットにスクリーンを張る。ケーブルは繋がったが、5分に一回落ちる電源にヒヤヒヤしながら、 サルのニシオカが登場し、30分程度の公演を行った。影絵を見るのも初めて、ましてや外国人が村で公演するなんて、想像もできなかっただろう村人は、終始ポカンと見ていた。子ども達は、 世界のどこへ行っても変わらず、ワイワイ見ていた。今までいろんな場所でパフォーマンスしてきたが、ここまでの秘境は初めて。インドネシアに修行に来てるなぁ、と実感した夜だった。

4日目の午後、スピードボートに乗ってクマイの街まで戻る。川を下って行くと、ジャングルの植生は次第にその姿を変える。ニッパ椰子は、僕たちに海が近いことを知らせてくれる。たった2 日間森に入っただけなのに、ものすごい旅をした達成感があった。また次行くことがあったら、 今度は夜のジャングルに入ってみたい。

つづく。

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